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PRODUCTION NOTE

  • 第二次大戦後10年間の間、アメリカで急増した中産階級はお手頃な住宅が立ち並ぶ閑静な郊外宅地へ流出した。マイホームを持つというアメリカン・ドリームが多くのアメリカ人にとってやっと手の届くものになったのだ。
    「閑静な町には雇用もあり、そこで家族を作れるようになった。ただこれには“白人であれば”、という条件があった」と監督のジョージ・クルーニーは語る。「はたから見ると申し分のない郊外生活。ただその表面を剥がしていくと醜いものがあらわになる。それを見るのが面白い」
    共同脚本のグラント・ヘスロヴは、本作の着想について次のように語る。
    「ペンシルベニア州レヴィットタウンで起きた事件をベースにしたストーリーをジョージと一緒に書いていた。その背景を調べていくと『Crisis in Levittown』という1957年のドキュメンタリーに行き着いた。マイヤーズ夫妻という初のアフリカ系アメリカ人一家がレヴィットタウンへ越した時に何が起きたかを描いている」
    マイヤーズ家が越してきたことに最初に気づいた郵便配達人は、町中を回って一軒一軒の家に警告。その日の夕方には500人もの近隣住民がマイヤーズ家の前庭に押しかけてきて、人種差別的な中傷を浴びせたり南部連合国旗を掲げたり、隣の家の芝生に十字架を立てて燃やしたりした。
     このレヴィットタウンのストーリーを練っている最中に、クルーニーはコーエン兄弟が1999年に手がけた『Suburbicon』という脚本があったことを思い出した。「不運な登場人物たちが次から次へと判断を誤っていく様を描くコメディ/スリラーで、『ファーゴ』や『バーン・アフター・リーディング』を彷彿させるものだった。ただ今回はコメディ色を少し抑えて怒りをもう少し前面に押し出したものにしたいと思っていた」とクルーニーは言う。「そこでジョージは、コーエン兄弟の書いた『Suburbicon』の舞台をレヴィットタウンの町に移し、マイヤーズ一家が越してきた一週間を描くことを思いついた」とヘスロヴは付け加える。

  • 主人公のガードナー・ロッジは一見理想的なファミリーマンだが、街の暗部と関わり、収拾のつかない事態に陥る。この役を演じるにあたり、マット・デイモンは時代にあった体格を探し求めて当時の写真を研究し、体重を数ポンド増やした。「1950年代の男は現代人のように運動をしなかった。男は細身かでっぷり太っているかのどちらかだった。僕の祖父が太っている方だったので祖父に体格を似せようと思った。ちょっとした工夫だが、50年代の雰囲気が出てくる」とデイモンは言う。
    一方、ガードナーの妻ローズと双子の姉マーガレットの二役を演じたジュリアン・ムーアには、双子姉妹を演じ分けるという別の挑戦があった。それぞれの役について、ムーアはこう説明する。「ローズはとびきり幸せな人ではなく、結婚にも不満がある。交通事故に遭って車椅子の生活を強いられているが、そのことで夫を責めている。かたや映画の冒頭のマーガレットはローズよりも優しく、単純な女性というイメージがある。でもローズの生活に対して密かに抱いている嫉妬が幾分かの軋轢を生み、彼女の行動を決定づける。双子は見た目が一緒だから、立ち振る舞いや人相に工夫をこらさなければならなかった」
    監督のジョージ・クルーニーはムーアに双子役を演じさせるチャンスを喜んだ。「マーガレットがローズに似せようと髪の毛を金髪に染めるアイデアはジュリアンが思いついた。マーガレットという人物について多くを語っているシーンだと思う」とクルーニーは説明する。
    ドラマの中盤でサバービコンに乗り込んでくる疑り深い保険調査員バド・クーパーには、オスカー・アイザックがキャスティングされた。
    「オスカーはここ数年驚くような演技を見せてくれている俳優の一人だ」とクルーニー。「もともとコーエン兄弟からクーパー役をオファーされていたのは私だったから、オスカーが羨ましいよ。映画をかっさらっていく美味しい役どころなんだ」
    キャスティングのうえで最も難しかったのは、ガードナーとローズの息子で、たったひとりで悲劇に対処しなければならないニッキーを演じる少年をみつけることだった。クルーニーと共同脚本のグラント・ヘスロヴはオーディションで100人以上の子供たちを見たが、その結果ふたりの目に止まったのはイギリスにいる11歳のノア・ジュープだった。
    「ノアのような子を見たことがない」とクルーニーは言う。「アメリカ訛りを完璧にこなす上にこちらが求めるものを漏れなく1、2テイクでこなしてくれる。私は『ER 救急救命室』に5年間出演していたので、1日2、3人の子供を相手に仕事していたけれど、ノアのような子役はいなかった。ノアはカメラの前に立つべき子だ」

  • アフリカ系アメリカ人のマイヤーズ一家は、アメリカン・ドリームを求めてサバービコンにやってきた。街に歓迎され、安心して暮らせると期待するが、残念ながら近隣住民から手ひどい嫌がらせを受ける。
    実在のマイヤーズ家も同じだった。彼らを街から追い払おうとする近隣住民が集団でやって来ては家の前でドラムを叩いたり、大音量で楽器を吹いたり、大声で歌を歌ったりするなどした。さらにマイヤーズ家の周りに壁を作ったり、南部連合国旗を投げつけたり、十字架を燃やしたり、立ち退かせるべく署名運動をしたりしていたこともわかった。この署名活動の文言はそのまま映画に反映されている。
    「映画の至るところにドキュメンタリー『Crisis in Levittown』の実録映像を散りばめている」と監督のジョージ・クルーニーは言う。「ずっしりと訴えかけるために本物の映像を見せないといけない時もある。そこに見られるさりげない偏見に今日の観客はショックを受けるかもしれないが、考えてみればそう遠くない昔のことだ」
    「『Suburbicon』は現代を生きる我々に訴えかける作品だ」と主演のマット・デイモンは付け加える。「住民たちは引っ越してきた黒人一家の周りに壁をたて、その敷地を隔離しようとする。でも本当に危険なのはその隣に住んでいる人たちだったりする」 「問題の矛先を違えている」とクルーニーは言う。「マイノリティがやってくる前は何も悪いことはなかったという神話を皆信じたがる。アメリカが偉大だったとされるこの時代を振り返る際、多くの人はそうは思っていなかったという事実を忘れてはならない。いつの時代もこれは議論すべき点だと思う」

  • 絵ハガキになりそうな完璧な街、サバービコンを造形するため、監督のジョージ・クルーニーは過去5作でタッグを組んだプロダクション・デザイナーのジム・ビゼルを起用した。明瞭なやりとりができるのはクルーニーがアーティストとして多才だからだとビゼルは言う。「映画は総合芸術だから、ジョージが監督、脚本、演技の全てに通じていて助かるのは言うまでもないが、なによりも絵が上手いから私は助かる。演出やビジュアルを全て事細かに考えていて、それを絵に描くことができる。彼の求めているものが必ずわかる」
    今回、クルーニーがビゼルに求めたものは「無名性と同一性」だった。サバービコンの街はペンシルベニア州レヴィットタウンの画一的な街並みを模しているが、理想の街を再現したロケ地は全て南カリフォルニアだった。
    「ロケ地こそ南カリフォルニアだったが、アメリカのどこにでもありそうな街に見せたかった」とビゼルは語る。「ロケハンする時に一番大事だったのは、周りにあまり木のない保存状態の良い家が立ち並ぶ街並みを見つけることだった」
    スタッフはカリフォルニア州フラートンの町で、マイヤーズ家にぴったりの外観の家一軒と、50年代のものとして通用する20数件の戸建てが立ち並ぶ街並みを見つけ、これをオープニングのドリーショットに使った。
    「フラートンの街の家々は1958年に建てられたから完璧だった」とビゼルは説明する。「オリジナルの建築様式を大切に保存していた街で、改築は最小限に抑えられていた。家の外壁の色も皆統一されており、素晴らしい町だった」
    2階建のロッジ家の屋外シーンは近隣のカーソンという街で撮影された。ロッジ家の家屋は、50年代当時よく使われていた淡い緑色に塗られ、ガードナーのうぬぼれと自己中心性から出てくる錆をほのめかすように、錆色の縁取りが施された。
    ロッジ家の屋内はバーバンクにあるワーナー・ブラザースのスタジオで一から作られた。7週間という限られた期間でビゼル率いる美術チームは1階と2階の屋内を完成させた。リビングルーム、キッチン、書斎、バスルーム、寝室が作られ、色もくすんだ茶色、錆色、モスグリーン、マスタード色など隅から隅までミッドセンチュリーのデザインが施された。
    小道具類も美術スタッフの腕の見せ所だった。スーパーマーケットの棚には美術部が作った50年代風の箱が陳列され、ビンテージラベルのレプリカを貼った本物の缶詰が一万本置かれた。さらにシリアルの陳列棚用の什器や食パンの包装紙などはインターネットを通じてコレクターから買い取ったものを使った。
    博物館から借りだされたものもある。ロッジ家のリビングルームに置かれたゼニス社のテレビ(ワイヤレスのリモコンが初めて付いたモデル)は、オハイオ州にあるテレビ博物館で新品同様に保存されていたものを使用した。

  • 「映画を見ればわかるけれど、男性は皆全く同じ洋服を着ている」と衣装デザイナーのジェニー・イーガンは言う。プロダクション・デザイナーのジム・ビゼルが全体的なデザインも色合いも「無名性と同一性」にこだわったので、衣装もそれを意識した。「男性の衣装はだいたい半袖のシャツにネクタイにツーボタンのスーツ。柄に多少の違いはあるけれど、奥さんたちは同じ店で買い物をしていたわけだから統一感を持たせた」
    イーガンはヴィンテージのカタログを参照しながら衣装作りに取り組んだ。彼女は言う。「シアーズ百貨店のカタログなどをみたが、カタログでは皆おしゃれしている。でも映画では着慣れた感じにしてリアリティをもたらさないといけないので、おしゃれな感じを抑えつつ作った」
    双子の姉妹を演じるジュリアン・ムーアの衣装に関して、イーガンはムーアと話し合いながら決めていった。「当初、ローズの衣装は50年代の古典的な主婦風のコンサバなものと思ったのだが、ジュリアンと話していくうちに、洋服に気を遣わなくなった雰囲気を出すことにした。対してマーガレットの衣装はより若々しく、男性の気を惹きたい、視線を集めたいという気持ちの現れる衣装にしている」
    一方、息子ニッキーの衣装はシンプルを心がけた。
    「今回は自分の父を頼りにできて心強かった」とイーガンは言う。「父は50年代当時ニッキーと同い年だったはずで、当時の子供は必ずしも新品を着ていたわけではなかったと教えてくれた。ニッキーはTシャツ&ジーンズとお葬式に着ていく正装着一着程度しか持っていなかったと想定した。当時の少年たちは物を多く持っているわけではなかったけれど、持っているものは大事に使っていた。洋服も質が良く、今よりも長持ちするものだった」